秋田県には名物がたくさんあります。
なまはげ。曲げワッパ。いぶりがっこ。稲庭うどん。みぞづけ。梅漬け。

そして、きりたんぽ。
きりたんぽ

























きりたんぽ大好きです。鶏肉のコク。せりのつんとした香り。。
母が秋田出身でよかった〜って思うことの一つは秋田の食べ物を
小さい時からいっつも食べてこられたということです。

きりたんぽを食べながら、「すっかり冬やなぁ〜」なんて思っていたら
ちょうど秋田のおばあちゃんから電話があって、話すと、
「秋田の人は冬じゃなくてもいつでも食べるの」とのこと。

84歳になるおばあちゃんは、今でもきりたんぽが大好きだそうで
近所のきりたんぽ屋(きりたんぽを専門に作っている店!そんなのあるの!)が
閉店してしまい(売れないとかじゃなく家の都合で)
それが残念だ、と。

誰かお客さんが来る、というと「たんぽすっか」というわけです。
みんな大好ききりたんぽ。
84年も食べ続けてまだ好きだなんて、なんだかこっちもうれしくなる。


そんなことから回想が始まって、おじいちゃんの話に。
おばあちゃん曰く、おじいちゃんは青森の人なので
汁のなかにきりたんぽが入っていると気持ち悪いらしく
左手にたんぽをもって、右手で汁を飲んでいた、という。
ほんまかいな・・・。まぁでもそうらしい。

そんなことからさらにおじいちゃんとは恋愛結婚なのかお見合いなのか、と
私のお得意の恋バナへ・・・おばあちゃん相手でも見境ないのです。

おばあちゃんがハタチになった昭和20年。ちょうど終戦の年。
「終戦直後は男が足りなかった」と言うので、
またそんなモテなかった理由をそんな・・・と思いきや
戦争へ行って帰ってこなかったり、復員していなかったりで、
本当に実数として足りなかったそうでした。
おばあちゃんはあの時代めずらしく女性の教員になる勉強をして
かなり若くから働いていました。
でも、学歴がいい女というのがお見合いでも敬遠されてとても難儀したらしい。
昭和24年、24歳で結婚したおばあちゃんはその時代にしたら遅いほうだったんだって!

おばあちゃんと話していると、昔の話を聞いていると
本当に自然と戦争の話になる。
あんな田舎の、秋田県の素朴な84歳のおばあさんの心の中に、
刻み付けられているのが戦争という記憶。

自分のルーツの上のほうに、
戦争を生き抜いた人の時代が流れている。
秋田と青森と愛媛のルーツ。

京都の大学に入ると全国からの友達が出来た。
最初は言葉に困って話すのが苦手になったって言う人、
たくさんたーーーくさん出会った。
東北出身の友達もそんなこと言っていた。
卒業した彼女が東京に住んでいたとき、
友達と念願のべにばな摘みに山形へ行ったとき、
自分は東北弁がわかるから地元のおばあちゃんと話がはずんで
得した〜と思った、って以前手紙を貰ったのを思い出した。

先月、沖縄人の彼といる時、秋田のおばあちゃんから電話があって
かわろうとすると「つ、通じるかしら〜・・・」と言う。
やっぱりそういう風に思うんだなぁ〜と思った。
もちろん通じて(おばあちゃんはよそいき風に標準語もイケル)
10分くらいはしゃべっていたけど。

私はそんな風に、普段なかなか会えない地域の人同士の交流は
すごくいいと思っているので面白かった。
しかしおそらく、沖縄のおばあちゃんと秋田のおばあちゃんが
本気を出したら、・・・・通じないのだろう。
日本は多様でまだまだ広い。

私はしゃべれないけど言っていることはわかる。
おばあちゃんとその友達の超ネイティブ秋田弁も。

大事にしたい多様な日本の色んな地域。色んな言葉。
色んな文化。いろんな食べ物。

きりたんぽから思いを馳せるにはいささか大げさか。
だよね・・。
ともかく秋田のきりたんぽは美味しいってことです。