家族

歩みは少しずつ。

週末、初めて焼き菓子を販売させてもらった。売り上げは全部東日本大震災の寄付へ。微々たる量だけど今の私の精一杯。
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赤ちゃんいて目標立ててお菓子を焼くのは勉強になった。公民館まつりの端っこに入れてもらって、本当は店番やるはずだったけど一秒も立てなかった。
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楽しみにしていた豆腐つくりも見たような気がするが、記憶になし^^;

この日、2歳と0歳連れて初めて私だけで外出。といっても知り合いの人沢山、友達も常にいてくれて授乳中からご飯中、最後は息子と手をつないで家のドアまで家族で送ってくれた。のに。。この人たちがいなければ息子は階段を抱っこしか嫌だと、なかなか帰れなかったにちがいないから。。
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友達が撮ってくれたかわいい写真。
ちいさなお友達ともお話したかった、、、。


以前の仕事場の人やその他義父や知り合いの方にも沢山会ったのに全く会話記憶になし。常に気が散りまくりで、2人育児にもみくちゃ状態。まあ程度の差はあってもみんなこんなもんなんかもしれないけれど、2人連れての外出に自信喪失…。3人が疲弊し帰宅しました。

翌日夫もいての、畑で芋掘り、草刈り。私はただ子を見て、蚊を見張るだけで手一杯。草刈りも夫。芋掘りも夫。私はお役御免で途中で帰宅、、。
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ご飯を作り待ちながら、はてこの先どうしたものかと考える。
核家族で農作業している友人がいなくて、なかなか聞けないのだけど、どなたか知り合いにいらっしゃればコツなど教えてほしいです。具体的な、、

おんぶしても、かがんで作業は赤ちゃん苦しいよね?昔のさらしおんぶなら苦しくならないのかな?私は今はやりの抱っこおんぶ兼用のものです。さらしもあるにはあります。
授乳は汗だくのまま?オムツ替えも畑で?
沖縄はまだ蚊がいっぱいで、、
蚊取り線香は赤ちゃんの頭近くでつける気になれず、、。見張っていても息子は四つまたたくまにさされ。蚊くらい気にせずいけよって感じなんでしょうが、、、赤ちゃんはほっといたらボコボコやと思う。。
近くに夫の家族がいても日々の農作業のたびにみてもらうのは現実的ではなく、一緒にいって、私も作業するのが理想なのだけど、、、
昔の沖縄での農作業with赤ちゃん+幼児
どうやっていたんかなあ?
沖縄で農作業している同世代の知り合いの方に是非お会いして聞いてみたい、、切実。

2人育児なんて、みんなやってきたことよと言われるかもしれないけど、毎日夕方から夫もいて2人の子を「待って!」ばかり言わずに満足させられたらなあ。どっちか泣かせて待たせて最後は倒れるように寝るパターンから脱却したいものだ、、

今月もいくぞー!

娘、回転

うまくゲップ出せないな〜
あ、出せるようになった

抱っこひもなかなか慣れないなあ〜
あ、慣れてきた

小さな悩みから大きな悩みまで、
長男と葛藤した日々が懐かしい。

たいていは夫がいるから、お風呂時間に、私、長男、長女ということはないのだけど、
何回か、長男と入りながら、
長女はお風呂の扉を開けたまま、バウンサーに乗せて入りながら声かけながら、ということをした。
最初は、どうなることかと思ったけれど、何回かしていたら慣れた。

まだ三ヶ月だというのに、早々に寝返りをした長女。
これはもう、防衛本能かも。
長男から身を守り、かつ、追いつきたい!そんな思いを感じてしまうほど、さらなる寝返りトレーニングに余念が無い。
ぐんぐんひそかに成長する娘っこ。

寝返り、、つまり、バウンサーに乗せながらお風呂に入るのも、タイムリミットが短くなったということ。動きたい長女をなだめながらお風呂、か。

そうだった、長男のときも、悩みがクリアしては次の試練がきたんだったなあ。

はてさてそろそろ、お風呂に3人で入る方法に変えて行かなきゃかな。

長男2歳4ヶ月、いきなり言葉の泉が溢れ出した。
長女3ヶ月の終わりに回転をものにした。
私、酵母が調子に乗りはじめパンが快調に焼ける。
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先日、はっぴーもあ市場で購入した国産無農薬レモンとリンゴのジャムが素晴らしい香り。作っているときから甘酸っぱい豊かな香りで幸せに。
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やっと肌寒くなりだした12月。
家族体調管理者として励もう。

手渡したいもの

「未来のだるまちゃんへ」
かこさとし
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体系化された教育が数多くあり、子育てについての情報も溢れているし、スマホ片手についつい検索、、、なんてことは当たり前になったけれど。

やっぱり子育ては子どもに教えてもらうのが一番なんだなあ、と。
この本を読んで、改めてそう思いました。
からすのパン屋さんや、だるまちゃんシリーズで有名なかこさとしさん。
私がよく行く図書館で今月はかこさんコーナーが出来ていて、他館からも集められた、かこさんの著書が数多く展示される、それはそれは夢のような特設コーナー!最高でした。まだまだ読めていない本がたくさんあるので来月もしてほしい〜くらいです。

かこさんの子どもへの思いはご自身の戦争体験から始まり、様々な迷いと社会の中での経験の全てからつむぎだされた絵とことば。
なるほど、だからうそがなく、なるほど、だから、なつかしくて、おもしろい。
絵本とひとくちにいっても、子どもうけをねらった?本は、子ども、見向きもしない。大人が大人目線で描いた絵本は本当残酷なほど、子ども、見向きもしない。。気に入ればしつこく暗記するくらい見ている。
それをみていて、私もすっかり大人なんやな、と思う瞬間です。

終わりの方に、家庭人として、という章があり、そこを読むと、、、かこさんは絵本作家でありサラリーマンであり、、家庭でのお父さん業は全然していなかったらしい。自分の娘とはただの一度も遊んでやったことがない、そうな。あれま。
そこには理由がありましたが、まあ、まぁ、ねぇ、、、
仕事と家庭の両立は当てはまらないようでした。

ともあれ、

◆生きていくということは、本当は、喜びです。
だから僕は、子どもたちには生きることをうんと喜んでいてほしい。

90歳の方からの教えは必ずや、そうなんだろうなと思わされます。
私のおばあちゃんと同じ年。
おばあちゃんもなんやかんやありながら、楽しむ気もちを忘れない人です。
このメッセージは受け継いで、子どもたちに、ぜひ伝えていきたい。

一番最後の章は、
私たち夫婦が二人の子どもに名付けた名前にこめた想い、そのものが書かれていて、じんとして、またこれでよかったと思いを強くしました。
朗らかに、強く芯を持ち、
自分の人生を選び取っていってほしい。そして自分の花を咲かせてほしい。

まずは、大人から。
全部見られているもんね。

先生(子ども)が起きそうなので、このへんで。

オススメの一冊ですよ〜
読んだ方と話したい!

家族写真

娘の100日を記念して、家族全員正装で写真を撮りにいきました。
元々写真館を営んでいた方が引退して今はご自宅のお庭で。
息子の時は我が家に来ていただき、今回はお邪魔してきました。
夫がお世話になっている地域の方で、
本当にすごい方に撮っていただいたのです。現役時代には全国大会で労働大臣賞をもらっているような、本当のプロフェッショナル。
ご自宅には、見たこともないカメラが何十台もありました。すごかったー。昔の沖縄を数々撮影してこられたそう。近々お話伺いに行きたいなあと思いました。

いや〜全員汗だく。笑
チョロ息子がチョロチョロするわ、
娘も時間切れがあるわ、
私は蚊が気になるわ、、、

でも、とても良い記念になりました。
今日は晴天で、お庭の写真撮影スペースはとってもオシャレで、出来上がりが楽しみ。

オシャレした写真、自分のカメラでは一枚も写真撮らなかった〜!
一張羅着て速攻こけて(二回)砂だらけになる2歳児と、
首もとのリボンをペロペロ味見する101日目の赤ちゃんがいると、
お化粧もそこそこの私(マスカラなんて、いつの!?)と、スーツの襟が裏返る夫なのでした。

100日

娘、生後100日を迎えました。
色々と、大変なこともあった100日でしたが、家族の絆が深まって、みんなそれぞれよくやった100日でした。
元気にこの日を迎えられたことが何より一番です。
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お祝いご飯のデザートに、
ニンジンとりんごのケーキ。
初めて豆腐クリームを。
デコレーションは…。。
豆腐クリームってこんなに濃厚なものだったなんて知らなかったです。
美味しく出来ました。

息子が産まれた2年前は、なんだかとにかく忙しくて、一生懸命なんだけどなんかぐちゃぐちゃだぁ、みたいな、、
一方で、暇さえあれば自分の自己実現とは?ばかり考えていたように思います。
もちろんそれは大事だし、子育て落ち着いてからじゃ、私の場合、抜け殻みたいになっちゃいそう!だから考えないわけではないけれど。
でも、今はあの頃より忙しかったり大変なはずだけど、どこか、なんでか、ゆったりした部分があって。今を大事にしたいなあ、という思いが日々寝る前に思うこと。
私は自分を犠牲にするほど、全力かけられるような母親ではないけれど、家族が喜ぶことがしたいし、私も楽しみたいし、なんかそのへんの、自分の出来ることラインが見えてきたのかもしれないなあ、と。

娘を見ていたら、2年前の息子を思い出し、息子を見ていたら、娘の成長を感じたり。
夫の子どもたちへの関わりが、また違うようで見ていて和む。

しかしまあ、ありがたいことなは、私にはお手本としたい友人が何人もいて、様々な時にアドバイスをくれて、毎度勉強させてもらっているし、勇気をもらいます。
当然、子どもがいるとかいないとか、何人いるとかいないとか、じゃなくて、生きる姿勢や、向き合い方から本当に学ばせてもらう日々です。
我が子たちには、私たち夫婦のように、素晴らしい人たちとの出会いを祈るばかりです。

我が家の100日。
この日は、ひとまずの目標でした。
ふぅ。
まばたきするような、あっという間の100日でした。

この100日の間には自分の誕生日がありました。
私は今の日々を生きるために産まれてきたんじゃないか、と思います。
噛み締めたい毎日、ありがとう。


90歳から0歳へ

娘が生まれて3ヶ月経ちました。
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私のウエディングドレスを娘のドレスに。
私の母方の祖母、
もうすぐ90歳の作品。
おりじわがついたまま写真撮ってしまったけど。

思い出の一着が生まれ変わりました。
置いてても仕方が無いけど、今は私に縫い物する時間はないな〜ということで祖母へ依頼。
女の子が生まれたからベビードレスにリメイクしたいなと思っていたので。
実は息子が生まれてからしばらくもこんな風にしていた。
型紙と私の赤ちゃんの服の本を送って色々作ってもらってた。


その他にもたくさんたくさん、おばあちゃんが作ってくれています。
我が家全員の毛糸の帽子に靴下をはじめ、子どもたちの様々を編んでくれ、
我が家の様々な古着を、子どもたちの洋服に生まれ変わらせてくれています。
私や夫の思い出の服が子どもたちの服になる。
しかしまあ、仕事が早い!
1週間で10作品以上が仕上がり送られてきます。

おばあちゃん、ゆっくりでいいで〜って送ったのに、ぐんぐん作っては送られてくる。
毛糸や布を見るとやらずにいられないらしい。わかる!笑


私にとって、縫い物の話がこの世で一番合うのがおばあちゃんです。
電話でも世間話より、あの生地をどう使ってズボンの丈はどうでこうで、、
あの布をお尻の部分に使えそう!
だと思って置いてあるの。
モコモコの毛糸を下の部分にしてみたら?
ああ、そばにいて一緒にやりたいねぇ、といつも話す。
秋田と沖縄じゃ、なかなか。

おばあちゃんは戦争を挟んで、
10代から定年過ぎるまで
裁縫の教師だった。
だから90歳にもなれば目も手先も思うようにならないのは仕方ないのに、
出来た作品にダメ出ししながら送ってくれる。
でも私が大喜びするからおばあちゃんは嬉しくなると言っている。

秋田の小さな町。
おばあちゃんの町に手芸屋さんがなくなって10年は経つ。
裁縫好きなら、手芸屋さんで過ごす時間は最高に心躍る。
おしゃれな裁縫の本も手に入れるのは大変。
だから私は便利なインターネットでしばしば毛糸や裁縫の本を送る。
もう細かい編み込みはできないけど本は見ていて楽しいよ〜と言っていた。

何年か前、神戸でおばあちゃんに会ったとき、一緒にユザワヤに行ったなあ。
ビル丸ごと手芸屋さんで、私は大好きだったし、いつか一緒に行こうと話していたから。
おばあちゃんは、あまりの物量に目が回って、結局、ほんの少しの端切れを買っただけだっけ。

沖縄は暑い。
こっちはまだタンクトップで過ごす日もあるから毛糸のものはなかなか使う機会少ないけど、大好きだから身につけたい。

今日はタンクトップやで〜と言うと、
ひえー、さむいさむい!こっちはストーブたいて煮りんごしてあれ着てこれ着てる、
ひえー暑苦しい!笑
そんな会話をして。

実家より断然よく電話するおばあちゃん。
おばあちゃんというより、手芸の話で盛り上がる、、友だちではないし、、うーん、
気の合う人です。
手芸の話はめっちゃイキイキ、ハキハキ!

このドレス、
娘に着せて、家族で記念撮影しようと思います。
おばあちゃんありがとう。

チーム我が家

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能動的に。
自分から。
そんなことを心がけるとグイッと前に動くような今日このごろ。
能動的に出産するのと、病院等々に任せちゃうのとでは、天地の差がありました。
自分と赤ちゃんの共同作業なんだと気づけてよかった、とつくづく振り返ります。

第一子は日々に追いつくのが精一杯だったのに、
今は娘とのおっぱいやオムツや、ねんねや抱っこのリズムが掴めてきて良い具合です。
自分としては、早くも、という感じ。


土日の早朝しか時間がなくて、夫は畑へ。
出かけた瞬間にむくっと起きてダッシュで部屋中、おとーさんを探す息子。ベランダまで探して、泣きながら戻ってくる。
畑だから、すぐ戻ってくるよ、と説明し、
りんごを剥いたり、ゼリーを食べさせたり、おにぎりをわたしたり、その一方で娘が起きないか、起きたらおっぱいしながら息子とお話しながら、、、

昨日は娘、生後52日。
初めて家族四人でピクニックへ。
もう何十回も通った公園に、また新しい思い出が重なりました。

2人から3人、そして4人に。

節目で引っ越ししたら、前に暮らしていた場所が車でたったの15分なのに、懐かしいったらない。

小さな長男を抱っこして歩いた。
手をつないで歩いた。
走るのを追いかけた。
3人で何回もピクニックに出発した。

我が家は4人で、どんなふうに歩んで行くのかなあ。

やっと風が吹いていたら窓を開けたまま過ごせる季節が来た。
ピクニックには少し暑かったけど、すやすや眠る娘の寝顔にホッとした。
息子と久しぶりに走り回ったり、手を引かれながら手づくり市を見て回ったり。

帰宅して午後は4人で四時間近く昼寝しました。

身体も回復したことだし、そろそろ鍛えていこう。
体力の塊の子どもたちに負けるわけにはいかないからなあ。

この日々が、一生戻らない、今しかないんだと、毎日思います。
大事に噛み締めながら日々に感謝しながらゆきたいと思います。
小さな人たちとの今日に感謝。
小さな人からの学びに感謝。
共有して共感するチーム我が家のパートナーに感謝。

ふむ。我が家は4人チームなんやな、と、この感覚大事にしたい。

50日

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生後25日の頃、描いてみました。
右の2人が私が、左が夫…。

長男の時にも描いて見たけど、
あれもまた独創的だったな…
http://konogorodayori.livedoor.biz/archives/52006036.html

世の中には、育児漫画というのが沢山あって、つい図書館で手にしては涙が出るほど笑ったり、ホロリときたり。
私も子どもたちを描きたい!
けど、、、、!?


さて、2人育児は、大変です。
1人ずつならなんとかなるのです。
1人で2人をみるときが、た、た、大変。
大体が長男は保育園で、朝晩は夫がいてくれるから、まだその場面は少ないけれど、たまにあると目が回ります。
授乳しながら絵本を読むので済めば良いけど、長男はお水が飲みたいし抱っこしてほしいし、救急車がきたら走って一緒にベランダに出たいし、母は授乳中で動けず、、、涙。

年子の私と兄を育てた母を改めて尊敬です。


けどまあ、やっぱり嬉しいことや楽しいことが増えた毎日。
私の体力も回復して、長男は毎日目に見える成長。
長男の産後は、ほとんど誰にも会わずさみしかったけれど、今回は友だちが来てくれて、話し相手をしてくれたり、娘を抱っこしてくれたり、新聞紙をくくってくれたり!
なんだか気持ちは前回よりはるかに軽く、楽しくやれてます。
最近は少しずつ外出もし始めて。

今日で生後50日。

もっとたっぷり広い心で、
子どもたちに愛情を注いでゆきたい。
あっ。夫にもか。

2回目のお産。

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隣でスースー眠る新生児。
10ヶ月近くお腹にいたのに、まだ一ヶ月と少ししか顔を見ていない。毎日ゆっくり変わる顔はだいたいが私に似ていて、ニヤ〜っとすると夫に似てる。

長男を妊娠していた時とは、色んなことが違っていた。
長男の時もかなりきつかったつわり。あの時は起き上がれないつわりで、今回はとにかく吐くつわり。人生で一番吐いた二ヶ月で。
つわりの最後の方は1歳半の長男、吐きそうになる私にタオルを持ってくるようになった。
胎動も、長男の時よりかなり激しくて長男がもにょもにょならば、今回はガツガツ暴れていた。

産まれてくる時のお楽しみにしていた性別は、女の子でした。
産まれた瞬間にびっくりした!


九ヶ月に入った頃に、早産になりそう、と入院が決まり、3週間近く点滴をして、色んな注射をしてやっと迎えた臨月。
長男は、臨月目前で産まれて、ドタバタしたし、早産の子の注射に毎月通った。今回はどうにか臨月の八月を迎えたいなあと思っていた。
待ちに待った退院で自宅に戻り、やりたかったことを次々にした。干しそびれた梅干し、赤ちゃんの準備、長男のお菓子作り、長男の服作り、、
台風が来るのかそれるのか、ドキドキしながら、たまにくる陣痛もどきに、来たのか来たのか?とドキドキ…
退院して10日経ったころ、朝に、これは来たな?という腹痛があり、合間に急いで入院支度とご飯を食べてシャワーを浴びて。
夫と息子と病院へ。
またしても、病院に着くと微妙に遠のく陣痛。
夫は仕事、息子は保育園に行ってもらった。
不定期に来る陣痛で、しかも我慢できる範囲。あれよあれよと昼が来て、お昼ごはんもペロリと食べた。
主治医のおじいちゃん先生が、なんと月一回休息の為にその夜は大学病院から先生が来るらしい。
はあ?最後の最後に違う見知らぬ先生?それはいやー。いやなら6時までに産んでね。えー!どうやって、、、促進剤使えば早いよ。いやー出きれば自然に任せたい、、大学病院の先生もいい先生だよ。いやーそうでしょうけど、ええー、、
そんなやりとりがあり、午後はただ待つだけじゃなくて、積極的に陣痛を呼ぶことにした。
陣痛を促すハーブティーも、母乳に良いお茶もスタンバイ。
痛いけどしっかり深呼吸して、お腹に酸素を送る。
よく言われている、どんどん歩き回るのは私と赤ちゃんには違う気がして、しゃがんでお腹に話しかけた。うん、どんどんきてる感じ。あとは赤ちゃんが決めたタイミングで出てくるはず。早めに仕事を切り上げた夫が息子とやってきた。

3週間の入院で、病院中の助産師さんと顔見知りになっていたので、会う人会う人、お、きたねー頑張れーと言ってくれる。
部屋から移動して、分娩室の隣の部屋へ。
その日の助産師さんたちと陣痛の合間におしゃべり。波がくると強く腰をさすってくれるのが気持ちいい。
笑ってられるなんてまだまだよ、と言われながら4時。
ほんと、まだまだ余裕。もっと強い陣痛がこないとなかなかだよーなんて言っていたら、ポンっと、お腹の中でなにか弾けたような。。破水したみたい。
長男の時はもっとこうバッシャーンみたいな感じだったから、これまた違うなあ、、なんて思っていたのは何分あったか。

いきなり、ありえないような痛みが来て、そこからが早かった。
とにかくもう産まれそう!なのがわかり、いそいで分娩室へ。わたし、痛くて泣く、という事態。
部屋で遊んでいた夫と長男が来て、先生が来て、助産師たちに足をこっち、腰をこっち、あれこれ言われながら、ソフロロジーで練習したはずの呼吸にとにかく集中しながら、、、

分娩室に入って30分、
女の子が産まれた。早かった。

息子は、、、は?みたいな顔で笑えた。まあ、寸前にチラッと見たけどなんか飽きた、みたいな顔であらぬ方向見てたしなあ。特にドラマチックな感じにはならなかったけど、とにかく3人で新しい家族を迎えた。
小さくて赤くてぬくくてホワホワの、赤ちゃんだった。

そのあと二時間ほど、後陣痛の痛いこと!
出産を重ねるごとに痛いと聞いていたけど、これは尋常じゃなかった。子宮が元に戻ろうとしているかららしいが、陣痛並みに痛い。陣痛には休みがあるのに後陣痛はずっと痛い!
泣きながら身をよじって、よじって苦しみました。。。
身体ってうまくできているんだろうけれど、吐き気すら襲う痛みでした。

夜になり、じわじわと嬉しさが溢れてきた。
これからのことを想像したらワクワクして、やっぱりなかなか寝つけなかった。

後陣痛には数日以上悩まされました。1日三回飲むように渡された子宮収縮剤は途中でギブアップ。あれを飲むとものすごく痛くて痛み止めを貰っても効かない。授乳するとまた激痛。
とほほ〜、、、

つわりから、妊娠中の引越し、早産気味で安静の時、入院中、
たくさんの方、支えてくださってありがとうございました。
ご飯が作れなくて、差し入れしてもらったり、匂いが無理でスーパーに入れなくて買い物代わりにしてくれたり、お腹がだんだん重くて動けなくて長男と満足に遊べないとき一緒に遊んでくれたり、他にもたくさん!

無事に誕生しました。
たくさんたくさんの方の優しい支えでここまで来れたことを胸に、これから頑張ります。

シマシマシマシマ

保育園が本格的にスタートしたら、
やっぱり今までの間に合わせのカバンじゃ
入れにくかったり入らなかったりで、
ダダダダとミシンを走らせました。

おっきなマジックテープで蓋も出来るようにして、
うん、これなら夫が肩からかけても大丈夫。
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息子が産まれる前、二年前に神戸でたくさん布を買って寝かせていた、、ので
ようやく使えました。よかったー!

最近は親の古着をリメイクして子ども用に、が多かったけど、
新品の布で作るのもやっぱり楽しい。
2014.5
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